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ふりむかないで 東京の人 [TVCM]

小林亜星.jpg


テレビで小林亜星さんの訃報を知りました。
寺内貫太郎一家も「両親」の久世光彦、向田邦子をはじめ、もうずいぶんいろいろな方がお亡くなりになってしまいました。
88歳だそうです。ご苦労様でした。

小林亜星さんはその生き様から酸いも甘いも噛み分ける粋な人という印象があります。
彼の「軒行灯の女たち」という著書は今は無き「赤線」に関する蘊蓄をつづったもので、本家の吉行淳之介が唸ったという書物。
もちろん小林さんも「ご利用」された年代ですが、それよりもかなりご自身で調べて書かれたという名著。このへんにも小林さんのさばけた性格があらわれております。

作曲家としてはやはりなかば強制的に耳から侵入してくるCMソングがその思惑どおり耳低に残っております。

デビュー曲からインパクトが強かった。

https://youtu.be/GNGyGcs4s0c

「レナウン ワンサカ娘」は1961年の作品。
♪プールサイドに夏が来りゃ というあの詞も小林さんでした。
うたったのは始めがかまやつひろし、以後弘田三枝子、シルヴィ・バルタンでした。

他で好きなのは47年、ムード歌謡ブームにのってテレビを席巻(大袈裟ですが)したご当地巡回ソング。

https://youtu.be/TaQA6b-Cw44

作詞の池田友彦は、ほかに作品がないようなので、この作品だけに応募して採用された一般の方なのでしょうか。うたっているのはハニー・ナイツ。
ハニー・ナイツは4人組のコーラス・グループで、小林亜星作品では、怪作「オー・チンチン」もうたっている。

そして最も印象的なCMといえばサントリー。

https://youtu.be/zf0B9pavB6o

「夜がくる」のオリジナルは、ジャズギタリストの小西徹に上智大学の教授だったサイラス・モズレー氏のヴォーカルでした。ナレーションのコピーは開高健。
小林さんがうたっている日本語ヴァージョンもあります。

https://youtu.be/ZyDgvz5sacc

そしてサントリーのCMでは「夜がくる」から10年あまり後につくられた「雁風呂」もよかった。たしかCMの年間大賞のようなものを受賞したはずです。

https://youtu.be/pFQAtFYzlhg

もちろん作曲は小林さんで、尺八ひとつでつくりあげた世界がすばらしい。またCMだけにその映像とナレーションも。とりわけ出演した山口瞳が存在感ある中年を演じていたのが印象的で、最後のセリフは江分利満氏自身が。

最後に歌謡曲を少し。

https://youtu.be/FtuOmmmtmWo

「北の宿から」と同じ阿久悠とのコンビでつくった「昭和放浪記」を。うたったのは水前寺清子で昭和47年の作品でした。
そしてもう一曲。
この「昭和放浪記」を聞いて、「僕にもこういう曲を作ってください」と当時高価だったジョニ黒を添えて亜星さんに手紙を送った高倉健さんのこの曲を。

https://youtu.be/MVjqaABwK68

「約束」はNHKドラマ「刑事」(1995年)の主題歌だそうで、健さんが依頼してか20年余り経って実現した曲だそうです。
改めましてご冥福をお祈りいたします。


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Woo! [TVCM]

ソフィア・ローレン.jpg

https://youtu.be/7CADAUKiieQ

テレビでよく懐メロが聴こえてくる。
洋楽でも邦楽でも(洋楽の方が多いかな)。

いつも「なんでだろう…」と思ってしまいます。
高齢者を狙って? それとも「古いことは新しいこと」というセオリーを踏襲して?

オリジナルのCMソングでも印象に残るメロディーや歌詞も結構ありますが、やっぱり想い出を喚起させてくれる古しえの歌がここちよい。


最近、目に留まったというか、耳に留まったというか印象に残ったCMが、可愛い女優さんが懐かしのメロディーをバックに惹句を口ずさむというもの。おまけにそのマンボのリズムのステップまで披露してしまうというもの。そのステップがとても下手で、それが逆に「可愛い」印象を与えています。あきらかに計算された演出ですね。

なぜ今ごろマンボなのかはわかりませんが、60年以上昔、世界的なマンボブームが起きました。もちろんその余波は日本へも。

そもそもマンボはリズムの宝庫キューバで生まれたリズムでありステップで、大ざっぱにいうと、もともとあったリズムのルンバをジャジーにしたもの。
1940年代に世界的に広まりますが、そのキーパーソンがのちに日本に何度も来日したペレス・プラドとその楽団。キューバ生まれで、革命後はメキシコをベースに活動しました。

彼のビッグヒットのひとつが例のCMでつかわれていたマンボ№5。
ほかでは、№5以上に日本人の耳になじんだのが「セレソ・ローサ」、そして
闘牛士のマンボ」や「マンボ・キング」「マンボ・パチューコ」なども。

https://youtu.be/NZsfY-X81nE

ヴォーカルではローズマリー・クルーニーの「マンボ・イタリアーノ」や女優・ソフィア・ローレンの「マンボ・バカン」が流れておりました。
日本ではいずれも雪村いづみがカヴァーしておりました。また「マンボ・イタリアーノ」はペギー葉山も。

https://youtu.be/9prJXEhNhPA

ほかではペリー・コモの「パパ・ラブズ・マンボ」(パパはマンボが好き)もヒットし、日本では江利チエミや高島忠夫がうたっておりました。

当然、国産のマンボが出現するのは畢竟。

その最大のヒット曲が美空ひばりの「お祭りマンボ」。昭和27年といいますから、ペレス・プラド来日以前。さすが新しもの好きのお嬢。

以後「マンボでも出てくる」というほどジャパニーズ・マンボソングが。美空ひばりだけでも「すたこらマンボ」ほか数曲あります。
ほかでは「さよならマンボ」(菊池章子)、「エッサッサ・マンボ」(笠置シヅ子)、「チャンバラ・マンボ」(トニー谷)、「三人姉妹マンボ」(ペギー葉山、芦川いづみ、浅丘ルリ子)、「夢のマンボ」(雪村いづみ)などなど。
そんななかから一曲。

https://youtu.be/xE5_DJiq1e8

命みじかし、踊れよマンボでそのブームはすぐに終わってしましましたが、ファッションで「マンボ・スタイル」、「マンボ・ズボン」という置き土産がありました。それは1970年代あたりまで続きましたが、それも遠い昔のことで、いまでは「死語」となってしまいました。
ところで、冒頭でふれたこのブログを書くきっかけとなったCMですが、いまだに何のコマーシャルなのか不明です。だいたいそうですね。残るのはCMタレントと音楽だけで、その実体は如何。いいんですか、スポンサーさん。

おまけは、あえてタイトルに「マンボ」を冠せずとも、昭和30年代を代表するマンボ歌謡曲となったこの歌を。

https://youtu.be/vTj08Hyz_iA

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