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you've got to feel it [not mellow AB]

雲の中の太陽02.jpg

きょうも寒い一日でした。
午前中の早い時間には太陽も輝いていたようですが、わたしが出かけたころはすでに厚いい雲が空をおおい、サンシャインも鈍い光となっておりました。
でも、太陽を直視できるのはこういう時でないと、なかなか。

ということ(?)で、懐かしかったフィフス・ディメンションをもう一度。


フィフス・ディメンション[5th Dimension]は1966年に結成した男3人、女2人あわせて5人のR&Bコーラスユニット。オリジナルメンバー(発足当時の)はビリー・デイビスJr.、マリリン・マックー、ラモンテ・マクレモア、ロン・タウンソン、フローレンス・ラルー。
その後、何度もメンバーチェンジが行われています。現在も活動を続けているそうですが、オリジナルメンバーはいません。

初ヒットが1967年の「ビートでジャンプ」up up and awayで全米7位となり、グラミー賞も獲得。日本のヒットパレードでも、1967年の9月に最高位7位を記録しています。

https://youtu.be/J2hI3-KvYZY

ビートルズが登場した1963年のすこし前あたりから、本場ビルボードのヒットチャートと日本のベストテンのタイムラグがなくなり、アメリカでヒットすればほぼ日本でもヒットするようになります。もちろん、アメリカに先がけて日本でまずヒットというのはかの「スキヤキ」以外にはありません。

前回で少し触れましたがその翌年の1968年、当時ブロードウェイで爆発的にヒットしていたミュージカル「ヘア」(のちに映画化)の挿入歌「輝く星座(アクエリアス/レット・ザ・サンシャイン・イン)」Age of Aquarius/Let the Sunshine in をリリースし、1968年の全米ナンバーワンになり、グラミー賞も受賞して、フィフス・ディメンションの名をお世界にとどろかせます。
楽曲はスローテンポの「アクエリアス」からアップテンポの「レット・ザ・サンシャイン・イン」に切り替わるところがドラマチックで、ブラスとベースをバックに延々と「レッド・サンシャイン・イン」とリフレインします。それはまるで「読経」のようで、思わずからだが動かされてしまうベースランニングとあいまって精神世界にトリップしてしまうような感じさえします。

https://youtu.be/vbCH5lnZ6sA

1968年といえばアフタービートルズですが、いまだ日本でもラジオのヒットパレードが全盛で、ほかではジリオラ・チンクエッティの「雨」とか、サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」が聴こえたいました。CCRの「プラウド・メアリー」を聴いたのもこの頃でした。

その翌年、ビリー(レット・ザ・サンシャイン・インのメイン・ヴォーカルを努めたイケメン)とマリリン・マックー(美形で背の高い方。フローレンスが美形でないというわけではなく、とにかく身長の高い方です)が絵に描いたように結ばれ、しばしグループはマリリンを中心に活動します。
そして1975年にマリリンとビリーが脱退し、ペアユニットとして活動しその年の「星空の二人」You don't Have to be a Star が全米ナンバーワンに。
マリリンはその後もソロシンガーとして、またMCとして活躍していくことになります。

https://youtu.be/Wdzt2HGTYfk

前回もふれましたが、フィフス・ディメンションの「レット・ザ・サンシャイン・イン」はそのサワリだけですが、YOU-TUBEで前篇をカヴァーしているものを探したところダイアナ・ロス(上手だなぁ)とテンプテーションという貴重な動画がありましたが、ほかの楽曲もあって長くなっているのでブログにあげるのはやめておきました。興味のある方は探してみてください。

その代わり別のカヴァーをみつけました。前回に戻ってしまうようですが、上手とはいえませんが、懐かしいシンガーでフンイキがあり、なによりも貴重な動画ではあります。

https://youtu.be/shgnaiOwrVo

おまけは、以前聞いた[FAST TIME REACTION]で「レット・ザ・サンシャイン・イン」を3連発。それぞれの反応がおもしろい。興味と時間のある方はどうぞ。

https://youtu.be/jovwL16_ZrU

https://youtu.be/DMR32CJ_d7Q

https://youtu.be/hDkjvdbgJi8

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ヒッピーは何処へ [not mellow AB]

ひこうき雲03.jpg

きのうきょうと厳寒です。
手袋をしていても指さきが寒さでしびれるというのは久しくなかった。

ここのところ体調のこともあり、なるべく出かけず、仕事も最小限で余分なこと(これが楽しいのですが)はせず、歩いて10分あまりの仕事場とウチとの往復のみに。

それでもいつもの公園を通ると、心動かされることがある。
きょうもきのうに続いての青空を仰ぐとひこうき雲が。外出すると晴れた日は必ずといって雲をみるので、ひこうき雲はそれほどめずらしくはないけれど、その先頭を見ることができるのはあまりない。

楽しみは、家での仕事を終え、夕食を終え、風呂を終え(面倒くさい)、炬燵にもぐりこんでYOU-TUBEの海でのネットサーフィン。
ほとんどが音楽で、きのうも久々にダリダやフランソワーズ・アルディを聴いていたら波にのりそこなって(ワザと)、初見のユニットのフレンチポップスを聴きました(見た)。

https://youtu.be/sT7RDve7Dpw

懐かしい曲だったのでマウスを手放してしばし見とれてしまった。
[Laissons Entrer Le Soleil]は「太陽を迎え入れよう」で英語なら[let the sunshine in]。
「レット・ザ・サンシャイン・イン」は1960年代後半のブロードウェイミュージカル「ヘアー」の挿入歌。ポップスとしてはR&Bユニットのフィフス・ディメンション5th Dimension によって「輝く星座」Age of Aquarius/Let the Sunshine in としてリリースされ全米ナンバーワンに輝きました。日本でもヒットパレードのベストテンに入るほどヒットしました。

https://youtu.be/kjxSCAalsBE

フィフス・ディメンションの「レット・ザ・サンシャイン・イン」はいわばこの曲のサビ部分を延々とリフレインするだけ(それはそれでインパクトがあり、トリップ作用もありました)ですが、ミュージカルの「レット・ザ・サンシャイン・イン」の正調は冒頭のカヴァーのように前段があるのです。
ちなみに冒頭のユニットは、20年近く前のもので、当時のフランスで行われた「ヌーヴェル・スター」というアイドル発掘番組?によって選ばれたメンバーによるものだそうです。

ブロードウェイの「ヘアー」は当時の時代背景となったベトナム戦争とヒッピームーヴメントの中に生きる若者たちの葛藤を描いたもので、アメリカでは大ヒット。世界のいくつかの国でも公演されました。

フランスでも1969年にパリ公演が行われ、現在フランスポップス界の重鎮であるジュリアン・クレールJulien clerc が主役を演じています。

https://youtu.be/BtWgjS3tNQA

「ヘア」は映画にもなりましたが、そのストーリーはアメリカの田舎に住む若者が徴兵され、入隊する前に都会を見ておこうと思いついてニューヨークへ行くとことから始まります。そしてそこで自由に生きるヒッピーたちと出会い、入隊を反対されたりして心が揺れ動く。そのあとヒッピーの中心人物のラヴアフェアーなどがあったりしたあと、若者は入隊することに。
そして、このへんがファンタジーなのですが、入隊した若者とヒッピーの中心人物がその基地で入れ替わってしまう。そしてそのことが発覚する前にヒッピーの若者はベトナムへ行くことになり……。という内容。

最後に「レット・ザ・サンシャイン・イン」がつかわれているているミュージカルのワンシーンを。もちろん当時のものではありません。いまでも「ヘア」を上演されているようですね。ということはヒッピーはともかく(いやそうでもないかも)、もうひとつの主題である若者たちの戦争に対するプレッシャーはいまのアメリカ(だけではない)でも通用するのかも。

https://youtu.be/wH43IpeC98g

当然日本でも当時「ヘア」は日本人キャストで上演されました。
なんでも、グループサウンズのブームが消えて、その残党たちがオーディションに多数応募したとか。主役を射止めたのもそのひとりでした。
しかし「ヘア」の主題である愛と自由のヒッピー文化はいまひとつ馴染まず、ましてや徴兵制、身に迫る戦争への恐怖などは他人事で、当時の日本ではいささか無理のあるテーマだったようでした。寺山修司が「反戦」を在日朝鮮人に対する「差別」に置き換えて台本を書き上演という動きもあったようですが、もうひとつの主題であるヒッピームーヴメントと関連付けるのは無理で実現しなかったとか。

さらに公演中にプロデューサーと主役が大麻所持で逮捕されるという事件が起こり公演は中止に。薬物だけはヒッピーを真似てみたのでしょうが。

当時高校生だったわたしは、出演者が舞台上で全裸になる(アメリカではそうだったのですが、はたして日本で実行されたのかは不明)という報道だったので、「ああ、ヘアってそういうことだったのか」なんてノーテンキなことを考えていたのを覚えています。

ベトナム戦争もヒッピームーヴメントももはや半世紀あまり昔のこと。
近隣大国の軍事戦略による防衛費増強で戦争も「他人ごと」ではなくなりつつあるのかもしれない日本(徴兵制だって)。それも気になりますがあのヒッピーたちはどこへ行ってしまったのでしょうか。そして今、何をしているのでしょうか。

戦後のビートニクの流れから発生したヒッピーたちはワールドワイドで文化や社会にそれなりの影響を与えたように思うのですが、思いのほか「短命」でその姿が見えなくなってしまいました。いまでもどこかのコミューンでそのライフスタイルをまっとうしているのでしょうか。
歴史を逆行することはできないにしても、現在社会のロシアのウクライナへの侵略や深刻な大気汚染による環境破壊の脅威を思えば、ドラッグや宗教という問題を棚上げしても彼らの思想を読み返してみることは、無駄なことではないような気がします。

オマケは当時ヒッピー文化の影響を受け、日本でもヒットしたサイケデリックミュージックを。

https://youtu.be/aU7hVMc3q6Y


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