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旅の灯りが遠くうるむよ [books]

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久しぶりに小説を読みました。
数年前の芥川賞作品で、「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子著)という本。なんとなくタイトルに魅かれて買ってしまいました。
なんでも映画化されるほどのベストセラーで、周囲からは「いまさら?」コールも聞こえてきた。
「おらおら」はあの「オラオラ」ではなく、「いぐも」も「行くも」あるいは「逝くも」であることは理解できました。わたしは東北出身ではないけれど、学生時代に懇意にしていた東北生まれの友人がいたため、東北訛は慣れていたし、友人が吐き出す言葉とその響きがなんとも心地よかった。
まぁ、本の「タイトル買い」というのもひとつの「縁」だと思うし、芥川賞作品なのでハズレはないだろうという安易な考えもあって、ページを捲ってみた次第。

読み始めてまず気づいたのが、東北弁で書かれているということ。「ト書き」部分では標準語もあるが、彼女の想いや心象風景は東北弁が多い。ただ、すべて純正の東北弁だと読者が理解できないと配慮してか、「普及版の東北弁」というアレンジもなされている。それが読者の理解を可能にし、さらには東北の風や匂いを感じることにつながり、いいアイデアだと思う。

もうひとつのこの小説の特徴が主人公・桃子さんの心の葛藤をからだの中に生息するさまざまなキャラクターの「柔毛突起」たちに井戸端会議させていること。かんたんにいうとよくある「内なる天使と悪魔」が数人、あるいは十数人いて激論をたたかわすわけである。
映画ではその「柔毛突起」を擬人化して三人の男(ほぼ同世代)が演じていましたが、あれは必ずしも成功していたとはいいがたい。
それはともかく、内容をかいつまんで。

1964年秋のオリンピックのファンファーレに送られて、故郷・岩手で控えていた祝言を蹴っ飛ばして東京へ出てきた「遅れてきた金の卵」というのが、主人公の桃子さん。
二十歳そこそこで、何のあてもなく大都会・東京へ足を踏み入れる。それも後足で故郷に砂をかけるような不退転の決意をもって。

今なら新幹線でさっと出かけてうまくいかなければさっと帰ればいいのだけれど、半世紀以上昔の話なのだから。半世紀以上昔の人間なのだから。それも女なのだから。
それだけ、桃子さんには東京への衝動が押さえられなかったということ。半世紀以上昔とはいえ、ほんの一握りだったかもしれないけど、そういう女がいたんですねえ。もしかしたら、一握りではなく、二握り、三握りの女どもがいたのかもしれません、半世紀以上昔だったとしても。そんな女どもが現代のフェミニズムをつくってきたのではないでしょうか。なんて。

そんな桃子さん、花の東京で同じ東北出身の「美しい男」に出会い、ひとめ惚れし、彼の「決めっぺ」の殺し文句で夫婦になる。そしてその心身ともに「美しい男」のために生きていこうと決めるのでありました。
子供もでき、郊外に家を買って絵に描いたような小さな幸せなをいきてきた桃子さん。その幸せが30年余りであっけなく崩れていく。最愛の夫の急死。
悲嘆に暮れるなんてものではない絶望の淵。
小説ではその思いを「死んだ死んだ」と30回以上の連呼で描写している。

何もかも夫に捧げた30年。遺された妻の胸のうちは、草木も消えた荒野のような果てしない喪失感。なぜ夫を奪ったのかという神や仏への罵倒。悲しみに一睡もできな夜もあった。しかし、それから10数年を経たいま、桃子さんは夫の死という絶望のなかに、小さな喜びがあった、と回想する。つまり最愛の男が突然消えたことで99の悲しみはあったけれど、ひとつの喜びがあったと。

その喜びこそ、半世紀以上昔に桃子さんを突き動かした、女として、人間としてもっとも大切にしなければならなかったことなのです。それが「おらおらでひとりいぐも」ということなのです。

人間は自らの足で歩いて行く、つまり生きていくということが「らしい」ことなのだと桃子さんは再確認するのである。たとえ愛する人であっても、誰かのために生きるというのは「らしくない」のではないかと。

そう読みすすめてきて、読者であるわたしはいささか胸がざわつくのです。それなら、かの「美しい男」は桃さんによって乗り越えられてしまったのか、否定されてしまったのかと。
さらに読みすすむと、桃子さんはときとして愛夫のことを思い出し、その名を呼 んでみる。そして「あいたい」とつぶやくのでした。
そういう描写にわたしはホッとするのです。

わたしの稚拙な書き方では「ネタバレ」にはならないので、さらにストーリーをおいかけてもよいのですが、この小説を紹介するのが目的ではないので、このへんにしておきます。
前置きがながくなりましたが、ここからが本番です。

実はこの小説には流行歌がいくつかでてくるのです。
でなければブログでとりあげることはなかったのですが、それを求めてこの小説を読んだわけではなく、読みすすめていくうちに突然でてきたということなのですが。

だいたい小説とりわけ芥川賞を獲るような「純文学」には流行歌など出てこない。まぁ例外はありますが(車谷長吉とか)。現代のエンタメ小説にJPOPが出てこないかどうかは知りませんが、かつての「大衆小説」であっても具体的な流行歌はさけて、「ラジオから卑俗な歌謡曲が流れていた」とか「店のなかは薄っぺらな流行歌が響いていた」とか。
その歌詞はおろか、タイトルも不明。それが文学の不文律でもあるかのように。

ところがこの小説ではそんな卑俗な流行歌がいくつか出てくる。
さすがにタイトルはでてきませんが、それとわかる歌詞がでてくる。

まずは2曲。
桃子さんがいかに「愛」に囚われ、騙されていたかと思い返す部分で。

「あなた好みの女になりたいー 
 着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます」
なんとかならないのがこの歌詞。この自己卑下。奴隷根性」

https://youtu.be/JvVezfjvmUY

https://youtu.be/dSQ8eXXWqEM

桃子さんの気持ちよくわかります。
はじめが奥村チヨの「恋の奴隷」で、つぎが都はるみの「北の宿から」。作詞は前者がなかにし礼、後者が小林亜星でどちらも昭和の歌。あたりまえだけど。
つまり男の作詞家が女になりきって歌わせているのです。
たしかに「恋の奴隷」などある意味「時代の歌」で、いまならまず世に出てこない。「北の宿から」についても、当時ジェンダーを越えていた淡谷のり子は「なして着でくれねえセーター編むんだ」と言ったとか言わなかったとか。

流行歌なんてそんなものです。昭和30年代後半、青春歌謡の金字塔としてレコード大賞まで獲った吉永小百合と橋幸夫の「いつでも夢を」。作詞家は還暦を過ぎていました。あのAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」で10代の若者を乱舞させていたのは50歳をゆうに越した作詞家でした。いつの時代も若者たちは初老のオッサンの言葉に感動し涙するのです。

それはともかく、そしてもう一曲歌謡曲が。
これは桃子さんの怒りの対象ではなく、彼女の思いや生き方を反映している歌。もしかしたら愛聴歌、さらには愛唱歌かもしれない。
その一文を書き出してみると、

「湯呑に残った冷えたお茶をゆっくりと飲み干した。
 夜がまた来る、思い出つれて、と一節低く唸り、この歌詞をおらほど深く理解している人間がほかにいるだろうか、と十年一日の繰り言を言った」

https://youtu.be/An6K3_4hJ4s?si=vwFlsUsy4eOFrsJa

♪夜がまた来る 思い出つれて
は小林旭の昭和35年のヒット曲「さすらい」(詞・西沢爽、補作曲・狛林正一)のうたいだし。
「補作曲」ということでも想像がつくようにこの歌は元来「詠み人知らず」つまり伝承歌なのです。「東京流れ者」や「お座敷小唄」などのように。
曲もいいですが、なによりも西沢爽の詞が心に沁みます。

この「さすらい」が好きな人はわたしの周りにも多い。しかし女性でこの歌が好きだと言った人ははじめて。かってにこの歌が「男だけの世界」だと思い込んでいましたから。
しかし、この本を読み終わると桃子さんが「さすらい」が好きだという理由がよくわかります。

ところで、わたしのように甘っちょろい人間にとっては、この自由と自立を再獲得する女性の物語がラブストーリーに読めてしまうのです。
たとえば、遥かな未来、他の星へ移住した人間たちが遠い地球を眺めて古えへ想いを馳せている。そんなことを想像する桃子さんはそのおびただしい人間のなかから夫をみつけたいと思うのです。そしてやはりそのなかで歓声をあげている自分のことも夫にみつけてほしいと思うのです。

人間ひとりじゃ生きられない、と言うけれど。それならロビンソン・クルーソーはどうなの? なんて子供じみた反論はしたくないけど、本当はだれでも何物にも縛られずに自由きままに生きていきたいんだよね。でもそのスタンスを押し進めると周囲との軋轢が起こること間違いなし。だから自由に生きるということは孤独であるということでも。
自由を獲るか孤独を受け入れるか、って二択にする必要もない。時には束縛を受け入れ、時には気の置けない人たちに身も心も委ね、自由と孤独とをうまく折り合いをつけて生きていければいいのではないでしょうか。なんて口で言うほどうまくはいかないけれど。

そんな生き方をこの「おらおらでひとりいぐも」では次のように言っております。
「人は独りで生きていくのが基本なのだと思う。そこに緩く繋がる人間関係があればいい。」

最後に「おらおらでひとりいぐも」の作者に敬意を表し、女性がうたう「さすらい」を。」

https://youtu.be/DnrF6KweLZY?si=zMvs3p0qxBwBK6Nv


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